「伝統的なトランプ・ゲームというのは、根もとをたどれば、本質的に民衆の技芸の産物であって、その点で、バラッドや民間説話、あるいは(よりしっくりくるが)ダンスとかわりはない。」( D. Parlett, The Oxford Guide to Card Games. )

 2004年のドイツ年間ゲーム大賞は「乗車券」だった。このゲームの英題「Ticket to Ride」を見てビートルズの曲を思い出してしまう人も多いはずで、しかも、このゲームの追加カード・セットが「Mystery Train」とくればニヤッとしてしまうだろう。「Mystery Train」はジュニア・パーカーの曲、というよりも、プレスリーが歌ったので有名だし、同名のロックンロール史の名著もある。A. R. ムーンには「Freight Train」というゲームがあったが、これってもしかしてエリザベス・コットンの曲名から来ているのかなと、ここまでくればさらに穿ちたくなる。だとしたらカントリー・ブルース・ファンにも何となく嬉しい。
 ここから孤独に妄想がはじまる。今回は一部の音楽ファンに捧ぐ。
 音楽とボードゲームは何か繋がりがあるのかと、こう考えてしまった。ないに決まっているが、ありとなせばあるがごとく、無きとすれば無きにも似たりってなわけで、そこは独りの楽しみだからいい加減に関係を探ってみる。
 そもそもゲーム自体が音楽を扱っているものがある。「マエストロ」はクラシックのメンバー集めのゲーム、「エバー・グリーン」なんていうのはレコードのゲームだった。タイトルだけでいえば「トランペット」は、トリック・テイキングなのになぜかこのタイトルだ。映画のゲームではあるがクニツィアの「ハリウッド」には音楽のCDがついていた。あとはよく思い出せないがなんだかまだあったような気がする。
 「Ticket to Ride」も含め、以上はゲームに音楽が取り込まれている事例といえるだろう。逆はあるのか、と考えるのが筋というものだろう。
 前回の終わりにマダガスカルの音楽に触れたが、私はいわゆるルーツ・ロックとか元来の意味でのフォーク・ミュージックなどのファンである。「フォークのファン」というと「ボードゲームのファン」と同じくらい世間では誤解を招きやすいか、理解されないかのどちらかであるであるが、私はイギリスやアイルランドの伝統的な民衆音楽(folk music)の愛好者であり、そこからだんだんと世界の民衆音楽まで興味が広がったのである。特に、バラッドに代表されるイギリス系の伝統的な民衆音楽を復活させた60年代以降の音楽を単に「トラッド」ということがあるが、私はまずこのトラッド・ファンである。どうも私はジャンルを問わずfolk artsというものに自然と関心が向くようである。
 それで、ゲームと音楽ということではじめに頭に浮かんだのが、この1枚「Bert & John」だった。碁をやっている。

 バート・ヤンシュとジョン・レンボーンの共作で、トラッド・ファンならずともフィンガー・ピッキング・スタイルのギターが好きな人にもよく知られた人たちである。トラッド・ファンなら、もちろん二人はこの後ペンタングルの中心メンバーとなるわけだからいうまでもない。

 (Bert Janschはドイツ系の名前だからか「ヤンシュ」とかかれるのが普通だけれども、イギリス人なので「ジャンシュ」と発音するのが正しいようだ。正しいというのは本人がそう発音しているということである。コリン・ハーパー(Colin Harper)の書いたバート・ヤンシュの伝記『Duzzling Stranger』にもこのことは書いてあるし、本人が発音するのをきたいことはないが、ジョン・レンボーンは「ジャンシュ」とはっきり発音している。
 脱線ついでに、2004年に日本で公開されたマーティン・スコセッシ総指揮によるブルース・ムービー・プロジェクトのうちの一本「レツド・ホワイト&ブルース」にバート・ヤンシュが出ていて、その字幕はきちんと「バート・ジャンシュ」となっていた。これは、字幕を作った人が調べてそうしているのか、それともただ素直に表記通りの発音にしたのかはわからない。この映画、イギリスでどうやってブルースが受容されて、それがどうフィードバックされたかを、お定まりのローリング・ストーンズやエリック・クラプトンだけでなく、スキッフルやトラッド・フォーク系の人にもインタヴューしてまとめあげたドキュメンタリーだったので、私にはたいへん興味深くて、ディヴィ・グレアムが出て来たときには、映画館で思わず「うっ」と声が出てしまった。以上、同好の士のための余談でした。)

 さてジャケットに戻る。

 碁をプレイしているジャケットというのはすごく珍しいのではないだろうか。しかも、ちょっと楽しそうな表情だ。この二人は、今では仲が悪いらしいから、碁どころか並んで写真を撮ることももうないかもしれないかと思うと寂しいものがある。なぜこのジャケットかはよくわからない。最近出たリイシュー版CDのライナー・ノーツは前述のコリン・ハーパーが書いているけれど、ジャケットの象徴的な意味にしか触れていない。

 そういえばトラッドではないが、正統ひねくれブリティッシュ・ポップ・バンドであるXTCのアルバム「GO2」は、タイトルに伺えるように碁に触発されて白黒のジャケットにしたという話だが、ご覧のように言われてみればそんな気がするという程度で、碁そのものではない。

 ところで、他に、ジャケットにゲームが使われているレコードやCDはあるだろうか。おそらくチェスは多いだろう。そういえば、シカゴ・ブルースにはチェス・レーベルという名門レーベルがあったけれども、これは兄弟の名前だ。
 ヴァン・ダー・グラフ・ジェネレーターといえば渋いプログレ・バンドだった。その中心メンバー、ピート・ハミルのソロ・アルバムに、その名も「フールズ・メイト」というのがあって、ジャケットはご覧のようにチェスである。

実をいうと私はプログレが苦手なのだが、このピート・ハミルのソロはよきブリティッシュ・フォークの薫りするアルバムで、その手の音楽が好きな人には聴きやすい。このジャケット、チェスが描かれているから紹介しているもののどうもあまり気に入らなくて、しかも廉価のCDになったら下に「コンパクト・プライス」なんてやられているからさらに台なしだ。

 チェスがデザインされたジャケットで私の気に入っているのは、マニュエル・ゲッチングの「E2-E4」である。

トラッドではまったくなくて、テクノとかミニマル・ミュージックに分類される人だ。どうも何とも分類しにくいような思いが個人的にはあるのだが、それだけありそうでない独特の音楽だから内容自体もおすすめめしたい。このジャケットは素晴らしい。「ほんとにチェスなの、単なる市松模様なのでは」と疑う人は、タイトルをもう一度見てもらいたい。ちなみに曲目もそれらしくなっている。

 さて、トランプはどうだろうか。ペンタングルを先ほど引き合いに出したので、フェアポート・コンヴェンションといきたい。フェアポートの「Full House」である。

 どちらかというとお気楽なブルース・ロック・バンドであった頃のJ. ガイルズ・バンドに同名のライブ・アルバムがあり、そちらのジャケットはまさにそのタイトル通りとなっている。と、思いきや実はフルハウスではない。J. ガイルズ・バンドはあまり好みではないからここでは紹介しない。興味のある方は自分で探して、どんなカードが描かれているか調べてみてください。
 フェアポート・コンヴェンションのほうはご覧のように見たところピンとこないかもしれない。スパニッシュ・スートの古いカードを模しているのが面白い。前作の「リージ&リーフ」も傑作だが、サンディ・デニー、アシュリー・ハッチングスが抜けたあとのむさくるしい「フルハウス」も甲乙つけ難い。トランプ図柄も多そうなのに、内容とデザインにぐっとくるものは、これくらいしか思いつかない。

 将棋は演歌にありそうだ。マージャンはどうだろう。昔のサディスティック・ミカ・バンドに「ファンキーMahjang」という曲があったな。クラッシックのジャケットは、演奏者や指揮者、作曲家の姿を全面に配置したのが多いからあまり期待できないし、ジャズは...。

 きりがないから、このあたりでやめておく。私の音楽そのものの好みから限られたものだけになってしまった。こんなこと調べてもなんの役にも立たないが、皆さんも面白いジャケットがあったら教えてください。

美化委員

前頁        次頁