「若い女性が、『アクワイア』の箱をためつすがめつしているのを見かけたことがあったんです。どうも買おうかどうしようか決めかねている様子でね。私は彼女に近づいて声をかけました、ご質問がおありなら何なりと、というのは、ええと、私はそのゲームのデザイナーでして…。そしたら、その人は箱を落として逃げてしまったんですよ。」(M. J. Costello, The Greatest Games of All Time に収録されているシド・サクソンへのインタヴューより。)

 「孤独の部屋」も久しぶりだが、それはしばらくあまり孤独でなかったからで、知人が遊びにきてくれたり、出かけたり、とそんなことが続き、嬉しいことではあるけれども、そろそろ一人の時間も欲しいといえば欲しい。そこで書庫に籠って雑多になったままの蔵書を黙々と並べ直していると、いまさらながら未読の本がたくさんみつかった。面白そうな探偵小説があったので(といっても自分が買ったのだが)、夢中になって読んだ。ところが最後のあたりに来て、一回読んだことがあるのに気づき、軽くショックを受けた。ボケのはじまりだろうか。福永武彦か誰かが、探偵小説は楽しむだけ楽しんで後はきれいさっぱり忘れられるのがいいというようなことを書いていたのを読んで、そんなに忘れられるものでもないだろうと高をくくっていたのだが、この体たらくである。しかし、もちろん筋をしっかり覚えている本もある。面白くなかったのなら別だけれども、二度目も面白かったから、どうして忘れてしまうのだろう。
 そんなことはどうでもいいとして、ゲーム関連の本をまとめて並べてみると、廉価版のドーヴァー(Dover)のものが思ったよりも多いのにちょっと驚いた。
 パズルだとサム・ロイド、ヘンリー・デュードニー、マーティン・ガードナーなどの著書があり、ゲームとはいえないかもしれないが、手品ではアネマンやらスカーニーまで出ている。ゲーム関連ではまずベルの『Table Games from Many Civilizations』、素晴らしいのはステュワート・キューリンの 『Korean Games』までリプリントしてくれていたことで、このオリジナルは1800年代終わりに出版された確か550部限定だったはずだから非常に貴重だ。オリジナルの造本は限定だけに見事なものである。もちろんDover版はちゃちな造本であるにしても、出しているだけですごいことだ。(残念ながら現在は品切れらしい。)また、パソコンの時代になって実用性が薄れたが、手作りボードゲームの本のようなものもあって、それはそれで楽しい。
 「アクワイア」の作者シド・サクソンの著書も2冊ここからリプリントされている。そのうちの一冊『A Gamut of Games』はしみじみといい本である。いろいろゲームの本を読んだが、もっとも楽しかったゲームの本は何かといわれたら、私はこの本をあげたい。ゲームの本は興味があるからどれも面白いし、松田道弘氏やD. パーレットの本のように文章自体に味のあるものは多いけれど、楽しいということにかけては何よりもまず『A Gamut of Games』である。ゲーム探訪にまつわるエッセイ風の章から始まり、その部分に関していえば横田順彌氏の『日本SFこてん古典』にも一脈通ずる面白さがある。そして、もちろん全体を通してルールブックとしての実用性も十分もっているのだが、しかし、読んで一番感じるのは、手づくりで遊べるゲームの世界の楽しさであり、まさしく創意工夫の面白さである。それが洒脱だが正確な言葉で綴られているのだから、読む楽しみも加わる。つらつら考えてみれば、ゲームを創作するというのは本当にやりがいのある孤独な楽しみだろう。パーレットも、トランプ・ゲームを新しく考え出すのは素晴らしい趣味だというようなことを書いていた。「孤独の部屋」を標榜する以上、私も何かゲームを考え出す楽しみも知らねばならないのであろう。うむ。
 さて、冒頭に引用したシド・サクソン自身の述懐を読めばわかるように、彼は本国アメリカではあまり一般に知られているとはいえず、ゲーム・デザイナーをきちんと評価するドイツでむしろ尊敬されていたので、ドイツ語版もちゃんとある。風潮にそぐわないせいか、この本の日本語版はない。いろいろな意味で、これはたいへん残念なことだ。あまりに残念なので、写真はDoverではなく、洒落た装幀のイギリス版を載せておく。


 なかには「フォーカス」のように後に商品化されたオリジナル・ゲームが惜しげもなく紹介されていたりして、しかも手近な用具で遊べるようになっているのが嬉しい。このところ「孤独の部屋」がゲームから離れているので、今回は、チェッカー(チェス)盤を使ってできるゲームをこの本から二つ紹介したい。(いつものことながら、図がいい加減ですみません。コンピュータが苦手なもので…。) (続)

美化委員

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