「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。」(夏目漱石『草枕』)

 どんなゲームでもアブストラクトな構造をもっているとみなせば、アブストラクト・ゲームについて負い目を感じる必要はない、と気分は少し楽になったが、いってみればこれは私独りが勝手にそう思ってみただけの話しで、ではアブストラクト・ゲームをゲーム会でやるようになったのかというと何も変わっていない。見方によっては、全部アブストラクトならことさら「(いわゆる)アブストラクト・ゲーム」にこだわる理由もないんじゃないのという理屈も成り立つわけだ。これでは自分で自分の首を絞めているというか、守ろうと思っているものが実は空っぽだったというような難しい状況になっている。しかも、孤独にそう自問自答していることも意味があるのかないのか。
 漠然と、テーマ性が希薄で、かなりの程度運よりも戦略が重視されるゲームを括弧をつけて「アブストラクト・ゲーム」としてみる。だいたいこの「アブストラクト・ゲーム」は敬遠されるが、もしすべてのゲームがアブストラクトであるならば、他のゲームと同じくらい「アブストラクト・ゲーム」はゲームとして面白いはずだ、というのが私の主張なのであるけど、こんなややこしいことを説明していると居眠りする人が出て来そうなのでもうあきらめた。誰かうまい具合に納得させる方法を考えてください。
 そこで、逆手にとって(何が逆手なのかな)、「アブストラクト・ゲーム」がどうして敬遠されるかを考えることにした。なぜ自分が引け目を感じるかということでもある。ますます自分で自分の首を絞めているようだが考えたのだからしょうがない。

(理由1)二人用が多い
(理由2)見た目が地味
(理由3)沈思黙考することが多い
(理由4)長考する
(理由5)慣れが要ることが多い
(理由6)力量に差が出る
 
 はじめ二つは対戦型でテーマ性が希薄という特徴に由来する。三人以上でやる「アブストラクト・ゲーム」はどうかというとまた別の問題を孕んでいるので、ここでは論じない。たとえば「ビラボング」などは当会でも評判がよかったが、三人以上になると戦略のための思考が甘くなるためだろうか。このことは理由3から6と関係がある。運の要素の少ない対戦型であればどうしても盤面をにらんで手を読むことになる。あるゲームにはそのゲーム独特の戦略的思考が要求されるから慣れも必要で、経験者と差がつきやすい。
 長考の問題はゲーム・プレイ全般のマナーと関連するので、一概に言えない。テンポを重要視するゲームで、考えても仕方がない(つまり最善手が原理的に一つに決まらないか、または人知では決定不可能にちかい)場面なのに決断できずにもたもたするのは周囲の人を無視したマナー違反だと思うが、考えざるをえない場面ではある程度仕方がないといえるかもしれない。これはプレーヤー同士の了解がいるだろう。
 しかし、いろいろ挙げたが、結局、

(理由7)負けると口惜しい
 
に尽きるのかもしれない。以前、あるゲームショップのご主人が「本当にゲームを真剣にやる人は実はゲームをやらないんじゃないかなあ」といったようなことをおっしゃていた。つまり、真剣にやればやるほど負ければすごく不愉快だということだろう。とくに「アブストラクト・ゲーム」で負けると運のせいにもできないし、何か相手より自分が劣っているという気がしてたいへん口惜しい思いをする。力量に違いがあればあるほど次に勝てる期待ももてない。それで、「二度とやらない」となる。これはどうしようもない。不愉快な思いをさせてまでやらせるわけにはいかない。そこで研究して今度は勝ってやるという気分になれる人ならばいいが、これはもう性格だからいかんともしがたい。当会でも、負けてやたら愚痴る超マイナス思考の人間がいるけれど、「ゼヘツ」を一回やって「二度とやらん」と席を立ったことがあった。これではやはり孤独にやるしかないのか。とかくこの世は住みにくい。
 閑話休題。
 囲碁は運の要素がないゲームで、なおかつテーマ性もない、「アブストラクト・ゲーム」の典型だが、呉清源九段によれば、碁はもともと陰陽思想に基づいた宇宙を表しているとされる。碁の起源がはっきりしない現在、真実かどうかはわからないが、ある時期そのようなとらえ方があったことは確かだろう(これについては大室幹雄『囲碁の民話学』は参考になる。)とすればアブストラクトの典型である囲碁は、テーマ性がないどころか宇宙全体をテーマとしているということになる。また呉清源九段は白と黒の調和ということを重要視される。もちろん勝負は勝負なのだろうが、ある道を究めた人からすればゲームはたいへん形而上学的なものとなるのである。あまり小さな勝ち負けにこだわっていけないのではないか。「アブストラクト・ゲーム」を毛嫌いしている方たち、是非大きな気持ちで楽しもうではないですか。
 そんなわけで理屈ばかり言ってきたので、これからは私が面白いと思うゲームを少し紹介していこうと思う。

美化委員

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