ほとんどのフォーク音源で耳にするマウンテン・ダルシマーは、細長い、フレットのある楽器で膝の上に置いて演奏され、3本か4本の弦が張られることが多い」( Musichound Folk)

 ダルシマーという楽器があり、アイルランド音楽などではピアノの中身みたいなものを綿棒のお化けのごときもので叩いて演奏するのをよく見かける。これはハンマー・ダルシマーといわれるが、それと区別してアパラチアン・ダルシマーとかマウンテン・ダルシマーとか呼ばれる楽器もある。同じダルシマーといっても、構造から音の出し方まで異なるから違う楽器と考えた方がいい。
 話はまったく変わるが、エイブドン(Avedon)とサットン-スミス(Sutton-Smith)という人たちが編集した『The Study of Games』という本がWiley & Sonsから出ていた。人類学や社会学、教育学、歴史学などからゲームを考えるというたいへん真面目な本である。ビブリオグラフィーが充実していたり、読みたい文章が収められたりしていたので、1971年出版というやや古い本であるにもかかわらずだいぶ前に購入した。シェイクスピアに登場するゲームやスポーツについての論考があり、またS. キューリン(Culin)の論文が収録されていてなかなか面白い。

 ケンタッキーの古本屋から買ったのだが、前の持ち主の蔵書票(Ex Libris)が付いていた。それによるとR. Gerald Alvey氏という方が所有していた本であることがわかる。
 ところが、私にはこのR. Gerald Alveyという名前に記憶があった。ブルーグラス系統の音楽の研究者ではないか。確か、ブルーグラスやマウンテン・ダルシマーについての本を出されていた人ではないのか。ネットで検索してみると、やはりR. Gerald Alveyなる人物がその手の本を著していることがわかった。ブルーグラスはケンタッキーが本場の音楽であるし、私が買ったのもケンタッキー、同姓同名の可能性がなくもないとはいえ、同一人物と考えたいところだ。

 フィンガー・ピッキング・スタイルのギターが趣味なのでデルタ・ブルースなどには興味があるものの、アメリカのフォーク・ミュージック全般について私はそれほど知識をもたないだが、それでも何とはなしにブルーグラスくらいは聞きかじっていたおかげでこの不思議な偶然に気付くことができた。私の愛好するフォーク・ミュージックやルーツ・ミュージックと、もう一つの趣味であるゲームがこんなところでつながったことに、たいへんな喜びと驚きを感じたわけである。問題は、この奇跡的な偶然の素晴らしさをめったに他人にわかってもらえないということである。音楽やゲームの本質とはまったく関係がないから仕方ないが、古本を買ったり骨董を買ったりすると物の来歴にこのような奇妙な縁を感じることは間々あることだろう。柳宗悦の『蒐集物語』とまではいかないけれども、心ある人に微笑んで頷いて頂ければ幸甚である。
 ところで、数年前にこの『The Study of Games』を手に入れ、なんとも不思議な偶然を愉しんでしばらくしてから、私の父が「こんなものをもらった」といって見せてくれたものがあった。なんとそれはマウンテン・ダルシマーだった。そのバイオリンを極端に細長くしたような形を見て、思わず「おっ、マウンテン・ダルシマーだ」と声を上げた。なんでもケンタッキーに行ったかどうかしたときに知人から頂いたそうである。父は音楽について詳しくないから日本で知り合いにたずねたが、どういう楽器かよくわからなかったようだ。それを私が知っていたので「お前さん、何で知ってるんだ」と逆にきかれてしまった。知っているも何も『The Study of Games』にまつわる奇縁があったわけだし、そもそも、結構、有名な楽器なんですけどね。そんなわけで偶然はさらに続いたのだ。
 ただし、非常に他人に通じにくい話なので…、かといって少しくらいは書き残して置きたい気持ちがあって、今回補遺として紹介した次第です。今度、実家に行ったときにマウンテン・ダルシマーの写真を撮ってきてここに載せることにしよう。

美化委員

[補遺の補遺]
 皆様、お久しぶりです。私は長い間ホームページに書いていませんが、特に世間の変化に合わせたわけではなくて、本業とともに翻訳の仕事に煩わされていました。(残念ながらゲームの本ではありません。)ゲームを集めたり遊んだりは相も変わらずしているので、初校の手直しを終え一段落というところで、ホームページに戻ってきました。
 私は翻訳家ではないけれども、まあ、いにしえより語学とか文化とかいうと、やたらに語りたがるのがドイツ・ゲーム愛好者の性らしいので、エヘンと一席ぶちたいところですが、さすがにうんざりですから、その代わりに放置してあったマウンテン・ダルシマーの写真を載せることにいたします。
 だいぶ前に親がもってきてくれました。以後、ジーン・リッチーの楽譜なんぞ見ながら調べてはおりますが、ボディがあまり共鳴しないのか、大変小さな音です。しかし、何ともいえない、懐かしいような寂しいような味わいのある音です。こじんまりとした集まりのときにランプの下で演奏してみたい、という気分にさせられます。当ゲーム会が目指すのも、そんなゲーム会なのですが…。
 さて、やっとまたゲームができる環境になりそうですし、近いうちに新しい企画がぽつぽつと展開される予定ですので、ときどき覗いて見て下さい。
 ところで「補遺の補遺」ときて「ホーイ、ホイ」と返した人は、小林旭ファンですね。いやいや、参った、そんな人いるのかな。

(美化委員、2009年12月記)

美化委員

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